2015年12月5日土曜日

年末は工事中

年末は本当に工事が多い。
いたるところで道路をほじくり返してる。

幼いころ、年末に家族で出かけてるとき、
車内で親父が工事現場を見ながら言った。
「年末は工事が増える。あと強盗も増えるんや。」

「なんで」と聞くと、
「年を越すために金がいるからや」
と教えてくれた。

そして必ずこう付け加えた。
「勉強せんとあーいう風に働くんぞ。
勉強すればクーラーの効いたところで仕事できるんやで。」


こんな風に社会の仕組みを、
端的に話す親父だった。

バイト帰り、
食べかけの板チョコみたいな塀を見つけた。
チョコ食べたい。

2015年12月4日金曜日

見渡す限り「ざわわ」

12.4(金)
9:30に大嶺さんちにいって、
軽トラに乗り込んだ。

足元が芸術的

インディージョーンズを思い出す車内

黒タオルの大嶺さん

大嶺園芸に向かい、
ダンボールや新聞紙、雑誌などを積み込む。
浦添の沖縄紙業で古紙回収してもらう。
100キロくらいで1200円だった。

小禄の「Pasta!!Pasta!!」ってお店で、
1480円で本格パスタ食べ放題が売り。
ジェノベーゼが一番うまかった。


おしゃれなお店です

大嶺園芸に戻って、
ながれで供花の名入れに挑戦。
緊張して文字がヘロヘロに。
大嶺園芸にいる猫

そのあと、冷蔵庫と洗濯機を積みこんで、
リサイクルショップを回るも、
年式が古くて買い取ってもらえず。
しぶしぶ冷蔵庫と洗濯機を降ろす。

途中大嶺さんが
普段仕事場の畑を見せてくれた。

広い・・・見渡すかぎり「ざわわ」です


まるで廃棄車両に見えてしまう大自然


デジタル一眼のカメラを売ろうとするも、
カメラに不具合があり、買い取ってもらえず。

大嶺園芸に戻って、
トタン屋根の雨漏りの穴を補修する。
これがスリル満点で、終始ガクブルだった。

「直してくれたお礼に」とりんごと巻きずしもらった。

一日中出かけてたけど、
楽しい。いまを全身で感じる。
そう思える自分がいる。

ここ最近

12.3(木)・・・日付変わって4(金)になった。

しばらく更新途絶えてたけど、
すこぶる元気です。

東京の1週間後に北海道に行ってまして、
それから帰ってきて、
北部の滝にいってきた。
そして、バイトだ、ニコ生だ、大家さんのお手伝いだなんだと
毎日くるくる回っていたら、
あっというまに師走になっていたという次第であります。

一向に寒くならない沖縄。
日中25度は当たり前。
しかし、やっと明日から
寒波が来るかも。

バイク乗りとしては
暖冬はありがたい限りだが、
こうも暑いと地球くんが心配だ。

最近あらためて自分というもの(俯瞰した自分自身)に、
(いま生きていることの)面白さを感じる瞬間がある。

偶然にも生まれ落ちたこの星で、
一瞬一瞬がめまぐるしく過ぎ去っていく。

もし、私が裸で何も持たずに、
人類が生まれた遥か古代に放り投げられたなら、
私は服を着ることも、ハンバーグをたべることも、
音楽を聞くもできない。
なぜなら私自身がそれらを作り出す能力がないからだ。
何億年もかけて進化したから、
誰かの発見や、努力によって、
今目の前にある便利なものたち。

仕組みはわかっていても、
イチからわたしには作ることができない。

だからもっと、
万物に感謝しよう。と思った。
先人に感謝しよう。と思った。

そんなことを考えながら、
急に冷たくなってきた風を切りながら、
バイト終わりの心地よい疲労感の身体を縮めながら、
家路を急いだ。



2015年11月25日水曜日

東京2015秋その4

2015.11.9()
11:00に上野駅に集合して、
阿部オススメの焼肉食べ放題へ。

上野駅から徒歩3分。
神保町食肉センター上野店。
新鮮なお肉が950円で食べ放題(ただし制限時間45分)

11:00オープンなのだが、
すでに20人近く並んでいる。
20分ほど待ち店内へ。
ご飯とスープと玉ねぎサラダはおかわり自由。
肉はどれも超新鮮で、特にレバーやハツは、
プリプリコリコリで、表面をさっと焼くくらいがベスト。
たらふく食べて、950円の安さにびっくりである。

食べ終わった後


龍太に3日間の感謝を告げ、
京成線で成田空港に向かう。

この旅の総括。
多分、龍太と阿部に会いに行くためだったと思う。
特に龍太とたくさん話して、
龍太の面白い発想や経験談に改めて触れ、
刺激をたくさんもらった。

龍太に言った。

「自分が好きなことを100%の力でやってくれ!」

その言葉はそのまま自分に跳ね返ってきた。
「人は自分の鏡」とはよく言ったものだ。


友に感謝し、生に感謝し、
今というこの瞬間に感謝。

食肉センターにて




2015年11月23日月曜日

東京2015秋その3

2015.11.8(日)
9:00ごろ起床。
小雨が降っていた。
朝の冷たい空気を吸いながら
大嶺さんと坂を下る。

今日は龍太の誕生日なので、
小さなケーキをセブんで4個ほど購入。

龍太に気付かれないように、
こっそり皿に盛り付ける。


電気を消してお祝い。
ろうそくはない。
龍太は照れくさそうで、
でも嬉しそうだった。

我々が散歩している間に、
龍太がご飯の準備をしてくれていた。
昨日食べ損じた手料理、
野菜たっぷり豆乳鍋とチキンのトマト煮、
焼いた食パンと魚のペースト缶詰。
TVを見ながらあっという間に平らげた。
美味かった〜。
龍太、女子力高い。


その後、雨も降っていたので、
家の中で過ごすことにした。
龍太が大好きなHIPHOP談義、
私が最近の曲を紹介するJ-POP談義を熱く語り、
そこから派生したJAZZやフォークの動画を見た。

その中でも印象深かったのは、
井上陽水「氷の世界」のこの動画。


67歳にしてこの迫力。
「コオォリノッセカァヒィィィィィィィ〜!」
の部分を何回もリピートした。
フォーク時代の他のミュージシャンとは、
一線を画す唯一無二の存在。
陽水の魅力を一言で説明するなら「不気味さ」である。
3人ともみんな陽水が大好きだった。

もう一つは上原ひろみとチックコリアの二重奏。
龍太が「自分を抑えきれない女性」に魅力を感じると言ったので、
上原ひろみがすぐに頭に浮かんだ。

雨の音がシトシト聞こえる部屋の中、
男3人で13分の動画をじっくり鑑賞。

おじさんと若い女性の、
美しく濃厚なベッドシーンを見せられているようだった。
チックの旋律の上で、心から気持ちよさそうに奏でる上原ひろみ。
その表情はものすごく官能的。
音楽でエクスタシーを感じて、イッてる。
クスリもハッパもいらないのだ。

そんな感じで、
夜まで本当にたくさんのことを話した。


龍太、
ハッピーバースデー。

2015年11月21日土曜日

東京2015秋その2

2015.11.7(土)
朝イチで記念写真。
想像以上のガラの悪さに一同失笑。
誰一人まともな仕事についてなさそう、
というかその通り。

土曜午前の閑静な住宅街である。


吉野家で朝ごはん。
阿部はなぜかサラダのみ。

一旦龍太の家に戻る。
龍太は学校なので、それ以外の3人で東京をぶらつくことに。
近くの公園で作戦会議。
土曜の朝っぱらからおっさん3人が、
誰もいない公園のベンチにボーッと座っている。
「金をせびるホームレスごっこ」とかで盛り上がった。
私が(行ったことがないから)競馬場に行ってみたいと言ったら、
よしそれならと3人が賛同してくれた。

地下鉄の車内で大嶺さんが
「そういえば靖国神社も近いよ」と言った。
歴史の勉強をするいい機会だと思い、
予定を変更し神社に向かった。

靖国は門前でフリーマーケットをしていた。
阿部は映画の小道具を探しているようだったので、
神社の中には大嶺さんと二人で入ることにした。


戦没者が英霊として祀られているこの神社。
いつもニュースで話題になるので知ってはいたが、
訪れるのは初めてだ。
遊就館でじっくり歴史の勉強。
(大嶺さんの解説付き)


はじめに断っておきますが、
私は「うよく」でも「さよく」でもなく「なかよく」です。(by藤岡弘、)



だから靖国神社の感想も「勉強になったなぁ〜」
「視野が広まったなぁ〜」って感じです。



日本の戦争資料館は今までにも、
広島の原爆ドームや、沖縄のひめゆり資料館など鑑賞してきた。
つまり私は今まで「敗戦国の戦争資料館」しか見たことがない。


そこで一つある興味が湧いた。


例えばアメリカのような勝戦国の戦争資料館は、
戦争体験をどのように描いているのだろう。
「勝ったぜイェーイ」みたいな陽気な作りなのだろうか。
まぁいいや。


その後、大嶺さんと二人で都庁の展望台に登って、夜景を鑑賞。

男二人で鑑賞

私は二郎ラーメンを食べたことがなかったので、
「行きた〜い!」といった。
阿部も合流して3人で二郎へ。
いつもラーメンの記事をインスタなどにあげている
キリオさんに連絡したらとても丁寧におしえてくれた。
キリオさんありがとうございます!

新宿小滝橋通り店

全部マシの大嶺さん

白濁スープ、太くしっかりした麺、美味かった〜。
ただしばらく舌がピリピリしていた。
多分、科学の力を感じていたんだと思う。

龍太家に帰宅。
龍太は一人でTV見ながらカレーを食っていた。
我々はキッチンにあるものに気付いた。
それは、龍太が我々のためにお昼から丹精込めて作ってくれていた、
「豆乳鍋」と「チキンのトマト煮」だった。

龍太に二郎で済ませたことを謝った。
あのときの寂しそうな龍太の顔が今でも脳裏に焼き付いている。
この旅で一番面白かったシーンだ。

手料理は明日の昼飯にすることにした。
4:00くらいまで話した。
楽しかった。

2015年11月10日火曜日

東京2015秋

2015.11.6(金)

大嶺さんと東京に行こうと決めたのは、
10月の初め。
あっという間にこの日が来た。
当初色々計画しようと考えていたが、
何も決めないで行くことにした。

前日に私の家に宿泊していた大嶺さんと
5:00起きで那覇へ。



弁当屋でおにぎりを買い腹ごしらえ。
空港へは大嶺さんの父が送迎してくれた。


8:30
空港レストランのオリオンビールで乾杯。
大嶺さんは2杯飲む。
泡盛「瑞泉」をお土産だと称し購入するも、
搭乗前に飲み始める。


「いろはす」と混ぜて、水割りを作り搭乗。
機内は窓際から、大嶺さん、私、痩せたアメリカ青年。
飛行機の中でもアサヒの缶を2本飲む。
おしっこが近くなり、計3回トイレに行く大嶺さん。
その度に寝てるアメリカ人を起こして、
「sorry,toilet.」と伝える私。

12:30
成田空港第3ターミナル。
お酒が切れ、少しだるそうな大嶺さん。
かつて大嶺さんが千葉で働いていた暗黒時代のことを聞きながら、
思い出の地を辿ることにした。


まず東成田駅。
かつて成田空港駅として栄えていた頃は、
全世界からたくさんの人が利用していたはずだ。

駅の入り口に立っている警備員は我々に「お疲れ様です」という。
つまりここを利用するのは空港周辺で働く労働者しかいないということだ。
閑散とした改札口は廃墟のようにうら寂しい。


東成田駅から成田空港に行ける地下通路が
400mくらいの直線。


まるで荒廃した未来都市に迷い込んだようだった。




ホームに降りるとさらにびっくりした。
巨大な2本のホームの奥側は使われておらず、
暗闇にうっすら見えるそれは、
時間が止まった当時のままの姿だった。

「なりたくうこう」と書かれた看板が奥にある

一時間に一本しか通ってない電車に飛び乗って東京を目指す。


関東平野が目の前に悠然と広がる。


どこまでも続く田んぼと畦道。
田を焼く煙、背の高い杉林、日本家屋、ススキ。
この景色が自然への畏怖だ。
人は全くと言っていいほど歩いていない。
心が洗われるようだった。
日本の秋を身体中で感じた。


大きな河を渡ると、都内に入った。
四角い塊がひしめき合う景色へと一転した。

16:30
上野駅着。
山下清がバイトしていたという駅中の立ち食いそばを食う。

信じられないボリュームの唐揚げそば

大嶺さんのアイフォンを充電するべくスタバへ。
しかし30分充電しても電源が入らず故障したと判断し、
秋葉原へ向かう。
昭和通り口から修理屋へ。
5分で治った。
旅にアクシデントはつきものだ。

阿部と電気街口で合流。
中央口で中澤と合流。


両国のちゃんこ屋に行き、
ちゃんこ鍋を食う。

白子ポン酢もホタルイカも刺身もドジョウも
日本酒も何もかも美味かった。


中澤が4人分のほとんどをご馳走してくれた。
本当にありがとう・・・。
その後、文京区の龍太宅へ。

講談社の近くだった

龍太と久しぶりの再会。
実に6年ぶりくらいである。
4時まで語って4人で寝た。
大嶺さんが夜中「寒い・・・」と言っていた。
東京の夜は冷える。


2015年11月4日水曜日

腹に太陽

2015.10.31(土)ハロウィン。
3日ほど前のジョージ家に行った際、
「ハロウィンパーティしたい。」とせがんだら開催してくれた。

バイト終わって19:00ごろジョージ家につくと、
机が真ん中に用意され、
キッチンではスーちゃんが料理の準備。

ジョージはカセットコンロを準備していて、
鉄馬さんはなにかハロウィンっぽい衣装はないかとゴソゴソしている。

なんの仮装もせずにのうのうと普段着で来たわたしに、
鉄馬さんが「松野これ着なよ!」と渡してくれた衣装がこちら。

もはやどこからツっこめばいいかわからない服

ベトナム通りで買って来たらしい。
片手を伸ばす猫らしき生き物が、
網戸みたいなメッシュ生地に縫い付けられている。
謎だ。わたしも不安そうな表情をしている。

ハロウィンカラーの服を見つけた鉄馬さん

ダンボールで買って来てくれたビールを開けてみんな乾杯。
ハロウィンなので「かぼちゃ鍋」と赤いイメージから「チゲ鍋」。
美女の生き血で作ったのか〜と想像しながらチゲ鍋を食す。
かぼちゃ鍋はスーちゃんが作ったのだがこれが絶品。
かぼちゃは形がなくなりコンソメベースのトロトロスープに。
きのこ、キャベツ、肉団子などの具材がそのスープに絡みつく。

手前が「チゲ鍋」

スーちゃん特製「かぼちゃ鍋」
キャンドルの灯りのもとで、
鍋をつつきながらワイワイ。
ヒロとまゆみさんもきて、盛り上がってきたところで眠気がきた。
仮眠を一時間半ほどとり、0時ごろ叩き起こされる。
みんないい感じのテンションになっていて、わたし一人寝起き、
という「テンション四面楚歌」状態に陥るが、
そんなことをかんがえる間も無く、
ショートコント「大物俳優の撮影」が始まる。
ふたたびゆんたくに戻ったところで、
頭が非常に冴えてることに気づいた。
0時すぎるとだいたい脳が働くなってしまうわたしだが、
仮眠をとることによって脳の働きが復活した。
眠くなったらすぐ寝るということの大切さを身を持って実感した。
と同時に、眠くなったらどうしようもないわたしを察し、
すぐに仮眠をとらせてくれたみんなに感謝。



「網戸みたいな服では寒い」と嘆くと、
派手な長袖を貸してくれたが、相変わらず寸足らずで
お腹が出ていて「腹が冷えて寒い」といったら、
フェイスペイントの蛍光絵の具で腹に「太陽」を描いてくれた。
この21世紀の日本で、呪術的な解決をされるとは夢にも思わなかった。

腹に太陽を描かれた私

yuotubeで世代別の音楽論が始まる。
あのときこんな曲が流行ってたけど、わたしはこれを聞いていた的な。
「ブランキージェットシティ」や「ジブラ」や「ラルク」で、
80年代前半生まれが盛り上がる。
ちょー楽しくて3時間くらい語り合ってたと思う。
「ボーカルが神経質そうなjpopバンド系譜」や、
「ちんこデカそうなボーカリスト」談義で盛り上がる。

槍も衣装も自作らしいインディアンまゆみさん

デザートは「かぼちゃスイーツ」
かぼちゃの形をしたペーストの中にチーズが入ってて、
表面にはチョコレート。
これも超美味しかった。

これもスーちゃん作

4:00就寝。
ハロウィンパーティに集まってくれてみんな本当にありがとう!

2015年11月1日日曜日

叩いて被ってジャンケンポン

2015.10.30(金)
バイト終わり、新人歓迎飲み会を
居酒屋大学我如古店にて。
20人くらい参加した。
ミニゲームで「叩いて被ってジャンケンポン」。
腹をかかえる奇跡の展開。

永井が優勝した

ハロウィン前夜なのでトイレットペーパーを使った、
「ミイラ男対決」も行われた。

顔を集中的に巻かれる藤井

新人と話せてよかった。
スマホレンズ中々面白い。


2015年10月31日土曜日

財布がない

2015.10.29(木)
バイト休みなので、
朝から掃除洗濯、
国勢調査の書類の整理。
15:00に那覇市役所にいって提出なので、1時間くらいかけて整理。
素飯を書き込み、
17:00からの桜坂市民大学講座の
レジュメ作り。
14:00すぎて家を出る。
家の近所のローソンで
アマゾンを受け取る。
急いで那覇へ。
市役所で国勢調査の書類提出。
指導員(役所の人)に、
「書類がよくまとめられて見やすくて助かる」と褒められる。
書類整理とか、事務作業が苦手だった私。
それを解消しようと挑戦した国勢調査員。
褒められて、書類に対しての苦手意識はなくなった。

なんだかスッキリした気持ちで桜坂に向かう。
バイクを駐輪所に停め、
駐輪券を財布に入れようとしたときに気づいた。

「財布がない・・・!」

目を閉じ、記憶を遡る。
・・・。
ロー・・・ソンの、ロッピーを・・・、
いじったとき・・・?
そこが一番怪しいと思い、
即、ローソンの電話番号を検索し発信。

「あ、黒い長財布ですか?お店で預かっていますよ」
とおじさんの声。

よかった〜!
おじさんに感謝。届けてくれた人に感謝。

大嶺さんと浦添に花の配達。
東京とんこつラーメン食べた。

家へ帰り道、財布を受け取りにローソン行った。
現金5,000円も無事だった。

昨日炊飯器にゴキブリがいたとき「あぁ神よ」と思ったが、
今日感じた「あぁ神よ」は、だいぶ意味合いが違った。

2015年10月30日金曜日

理想の世界

2015.10.28(水)
家から帰って米を炊こうとしたら、
炊飯器の中でゴキブリが死んでいた。
ツルツル滑って出れなくなって餓死したのかな。
「ギャ!」と楳図かずお的表情になった。
玄関からポイッと捨てた。

大嶺さんがうちにきたので、
白飯と茹でオクラと納豆の「素飯」を振る舞った。

「ここ数日達観しすぎてやる気が起きずに漫然としていた」と話すと、
「まつの、渋川剛希って知ってる?」と大嶺さん
つべでグラップラー刃牙の「渋川剛気vs愚地独歩」のワンシーンを見せてくれた。

地下トーナメント、世紀の一戦。
相手の力を利用し自分の攻撃に転換する合気道の渋川剛気(74)に、
攻撃することをやめた空手家の愚地独歩。
笑い出す渋川。

渋川「理想的です。何もしてこない相手には何もする必要はなく、従ってそこに争いも生まれようもなく、勝ちもなければ負けもない。理想の世界です。

沈黙する独歩。

渋川「ただし、これは試合じゃ。おぬしの技とわしの技、どっちが上でも構わんというには、この渋川、若すぎるぅ!!!!

そういうと、独歩に襲いかかる。

渋川「脊髄、いただきぃぃぃぃ!!!!

渋川の奇襲に独歩の菩薩拳が答える!


・・・というシーンなのだが、
渋川のセリフに全て詰まっている。

闘わずに済むならそれに越したことはない。
しかし、格闘家は闘うために精進しているため、
前提である「闘う」ことがなくなってしまうと、
そのアイデンティティーが揺らいでしまう。
だから、闘うしかないのだ。

74歳の合気道の達人、渋川剛気が「理想の世界を体現するには、私はまだ若すぎる」といっているんだから、お前さんのような若造が何を達観してんですか、ということです。

これには参った。
伊達に私より3年も早く生まれていない大嶺さん。
しーじゃ、ぱねぇっす。


渋川剛気のモデルになった、
実在の合気道の達人「塩田剛三」の動画を見て寝た。


2015年10月29日木曜日

再構築

2015.10.28(水)
とても意気消沈していた私は
CMソングのレコーディングもあったので、
ジョージの家に訪れた。

先輩の結婚式に呼んでいただき、
11月14日から北海道に行く。
JAZZ研先輩で、ヒッチハイクのときに
兵庫で宿泊させてもらった豊田さんの結婚式。
披露宴でセッションしたいというご希望に添えるよう練習している。

スティービーワンダーの「sir duke」のキメを
猛練習する二人。

ジョージ宅にて


ジョージの家で、
スーちゃんとジョージとたくみと、
わいわい話してたら、
元気になった。

心からありがとうみんな。
再構築。

2015年10月28日水曜日

一人暮らし10年目

2015.10.27(火)
昨日の記事「隠居じじい」になった原因のひとつに、
「一人暮らしが長い」が挙げられる。
18歳で沖縄にきて、今年で一人暮らし10年目である。
家に帰ると一人であることが当たり前なので、
全て自分のペースで、毎日ほとんど決まったことの繰り返し。
そのルーティンに安心を感じながら暮らす。

私は「一人でいる時間を大切にしたい」人間であるが、
気持ちが落ち込んだときなど、人並みに寂しくなるときもある。
そんなとき、家に誰かいてくれたらいいなと思う。

一人だと、自分の頭の中もしくは独り言をぶつぶつ言いながら、
もしくはこんな風に記述しながら、
物事を反芻しなければならない。

以前、大学の寮にいたときは、
共用スペースにいけば大抵誰かいたので、
寂しくなかった。


結婚する理由のひとつに
「人生が寂しくならないように」というのがあるけど、
もっともだと思う。

家庭を持った同年代の友人は、
毎日育児と仕事に追われ、
とてもじゃないが気安く声をかけられる状態ではない。
彼らは、私の持論にある「夢中になることこそが幸せ」な状態だ。

夢中になっていない。
日々の虚しさ。
まったくやる気が起きない。
秋のせいなのか。
それでも「それでいいのだ」と言える。
自分がこわい。

2015年10月27日火曜日

達観の果ての隠居じじい

2015.10.26(月)
最近「隠居じじいみたい」だと自分でも常々感じていた。
心地よいのだが、悩みもないのだが、
「これでいいのだろうか」という木の芽がぴょこっと顔を出していた。

どういうことかというと、
バンドを解散し、
今までの人生をまとめる旅(ヒッチハイク)に出て、
いろんな人の話を聞き、いろんな本をたくさん読んだ。
それによって、今までの自分の人生を全て肯定できるようになった。
いわば「これでいいのだ」である。
それによって、「生きているだけで幸せ」「万物に感謝」「人それぞれの価値観があって違いがそれを尊重し合って生きて行くべき」「今自分の目の前にあるものをまず愛する」などの言葉もスルスルと自分の中に入っていき、全て心から理解し紆余曲折ありながらも実践してきた。

しかしそれによって、一種の『達観』の境地に達してしまった。
(大げさな話ではなく、本当にそうなってしまった。)


ちなみにこういうことを話すと、
何かの宗教に入信したのではないかと疑われがちなので、
はじめに断っておくが、どの宗教にも属していない。
なぜなら「世の中は自分の考え方次第」なので、
仮に神がもしいるとしても
「自分の内側にしか存在しない」と思っているので、
何かを信仰することは今の自分には皆無。


具体的にどういうことかというと
「時間の流れが異常に早く感じる」や
「すぐに結論に行き着き、それを発言する」などがあげられる。

先ほどバイト先のみんなと話していて、
みんなもそれを感じていたらしい。
「最近松野はつまらなくなった。数ヶ月前の生き生きした松野じゃない。」
「目が座っています。」と言われた。

たしかに、私はタバコもギャンブルも酒もせず、
毎日が最高に満ち足りていると感じ、
実家に帰って幸せな家族を築きたいなどという考えも頭をかすめるこの頃だ。

座右の銘は「健康」で納豆とプロテインを毎朝摂取し、
20年後の腰痛を心配しストレッチを欠かさない。
「人生これから」なのに「これでいいのだ」を体現しすぎた。

いま風呂に入っていて気付いた。
2ヶ月前、私はどぎつい失恋をしてしまった。
フられた当初、自分はこんなに人生経験豊富で「君を絶対に幸せにできるのにその良さをなぜわからないんだ」と自問自答し、ひねり出した答えは「自分の魅力が足りなかった」や「その人には合っていなかった」や「魅力に気付いてもらえなかった」などに行き着いたが、今日てかさっき、原因はそこじゃないことに気付いた。
もちろんいまあげた答えも間違えではないかもしれないが本質は違った。

そうだよ、だって、恋愛って
「いろいろあってお互い高め合っていく行為」なのに、
片方が「達観」してたらおもしろくねぇじゃん。
ジグソーパズルしようとしてる人の目の前に、
既に出来上がってるパズルを「はいどうぞ」って出されても、
なんの魅力も感じない。
そりゃ「いりません」ってなるわ。
試行錯誤してワクワクして作っていくんだから。
「もう出来てるもの」に対して魅力ないわ。
大切なのは「作っていく過程」、
そう、最近ずっと言われてきている、
大切にしろといわれてきている、
「過程」に結びついた。

あぁなんということだ、
これも私が成長する「過程」であると信じる。
今日はここまで。

インスタグラムに、
「花が咲いている。うれしい」
などと投稿している自分を俯瞰して、
本当にじじいだと心の底から思った。


2015年10月26日月曜日

FM東京のジャパモン

2015.10.25(日)
ジェイソン・ムラーズ『Waiting for my Rocket to Come』ってアルバム。
あだちんが高校のとき府内のタワレコ(だったと思う)で、
ジャケ買いして聞かせてもらったの思い出した。
きもちいなぁ。そして懐かしい。
当時二人で「これなんて読むんだろ?ジェイソン・・・マーズ?ムラズ?」
みたいな話ししてたな〜。


日曜の東京FMの番組「ジャパモン」ていう番組があるんだけど、
この番組が最近けっこう好きで、毎週聞いている。
この番組で聞かなかったら一生名前も知らなかったような
マニアックな地方を取り上げて、そこで活躍する人やイベントを紹介する。

郷土料理やお祭り、施設などを紹介し、それにまつわる人たちも毎回電話出演する。
(たとえば『宮崎牛』を紹介したときは宮崎牛を育てている農家のおじさん、など)
間に挟まれる音楽もそのとき特集されている地方出身のアーティストの楽曲だったりするので「あ、このアーティスト◯◯出身なんだ!」という発見もある。

小山薫堂さんと柴田玲さんの落ち着いたトークがいい。
いつも不思議に思うんだけど、大抵の番組って結構細かく台本でセリフが決まってる場合が多いのだけど、この番組はなんだかゆるい雰囲気で、結構本番で色々考えながら話してないかなぁと思わざるをえないようなトークがある(ちなみに収録番組。)
電話で出演する素人さんへの質問も、薫堂所長がアドリブで考えているようにも聞こえる。(だって素人さん結構困ってたりするときもあるから)
その辺の「自由さ」が聞いててワクワクするし、
所長は好奇心旺盛で何にでも心から興味を示しているんだなぁと感じる。
特に自分の好きなもの(カステラやカレー)とかが出てくると、
少年のようにキラキラしている様子が伝わってくる。

今週は北海道旭川市出身の乃木坂46の橋下奈々未さんをゲストに迎えて、
旭川の魅力を特集した。
私は11月に北海道に3日ほど行く予定なので、
いつも以上にワクワクして聞いた。

番組の詳細がブログに丁寧にまとめられているのも良心的だ。

一聴の価値あり!
ジャパモン、これからも聴きます。

http://www.tfm.co.jp/japamon/

なんか最近本当におじいちゃんみたい・・・。
その件についてはまた。

2015年10月25日日曜日

小さなタイムマシン

2015.10.24(土)

母の67歳の誕生日でした。
おめでとうのハガキを一通おくりました。

定期的に断捨離してて思うんだけど、
手紙だけは簡単に捨てられないんだよなぁ。

私は比較的よく手紙を書く。
というか書くようになった、ここ数年で。
書かないと漢字を忘れるし、
手紙を書くとき「どういう言い回しの方が伝わるか」とか、
「失礼にならないかとか」いろいろ考えながら書くから頭使う。
さらに字を綺麗に書こうと努める。
deleteボタンですぐ消せないし、コピペも出来ん。
(いま気づいたけど『delete』ってスペル、『e』多くね?)
だから必然的に一文字が、一文が丁寧になる。気持ちがこもる。
あとさ、文字を見てると、書いてる相手を想像するんだ。

どこで書いてたんだろうとか、いつ書いたんだろうとか。
その意思疎通の『余白』みたいなものを楽しむ。
故に、もらったときに嬉しいんだろうなぁ。

手紙読み返すと、そのときの自分の気持ちに一瞬で戻るんだ。
音楽もそういう作用があるけどそれによく似てる。
小さなタイムマシンみたいな感じ。
写真にとってデータで残そうかとも思ったんだけど、
『紙』であることが結構重要なんだよなぁ。
いまは捨てきれん。
置いちょこう。


2015年10月24日土曜日

屍(しかばね)の街で

2015.10.23(金)
朝起きて一番にすることは、
顔を洗い歯ブラシを口に突っ込み、
玄関を開けて外の空気を吸う。
天候確認も兼ねてだ。
今日は、小雨で湿気も多い。

ラジオをつけるとFM沖縄のFINE。
デビッドシェーンの陽気な声が気持ちい。

洗濯機を回して、筋トレに入る。
腕立ては床を押し返すイメージでゆっくり30回。
そういえば最近欠かさずストレッチしている。
将来、腰が痛くならないようにするためには、
腰周りの筋肉を柔らかくしておくことがマストだ。
しかし私は死ぬほど身体が硬い。
だから筋トレよりストレッチの方が辛い。
柱に両手で捕まって股割りをする。
1ミリづつ足を開きながら90秒耐える。
少しづつではあるが、股の開きが大きくなった気がする。

納豆卵かけご飯、牛乳。
コーヒーを飲みながら読書。

PCで仕事をする。
30分だけ「田園に死す」の続きを見る。
大嶺さんから着信。
40分くらい話す。
奇跡のようなエピソードをきかせてもらってテンションあがる。
「この世は全て成るべきして成っている」という言葉に尽きる。

あっという間に昼になって、
音楽制作に取り掛かる。
「イルカが攻めてきたぞっ」の録音、ミキシング、マスタリング。
キラキラ感が欲しくて、ウインドベルを録音。
6時間ぶっ通しで気づけば18:00を回っていた。
ほんとあっという間だなぁ。
でも早くなったと思う。特にミキシングとマスタリングは。
でもまだまだ効率はあげられるはず。

ウインドベルちゃん久しぶり


そういえば大嶺さんと昨晩話してて、
大嶺さんにウケた話を話そう。

それは『私は人よりも想像力が豊かで、固定概念がなさすぎて、常日頃から妄想の連続で、体力の消耗(脳みその回転)が人より激しいので、白髪が多かったり突然猛烈な睡魔に襲われるのだ』という説をわかりやすく体現した話。

おととい厨房でいつものようにラジオ聴きながら仕事してたら、
急に『ザーーーーー!!!』っと爆音の砂嵐に変わってしまった。
突然の出来事に驚き、反射的に厨房から出て、窓越しに外を見た。
私は瞬間的にこう思った。
FM沖縄の方、つまり那覇よりの浦添に核爆弾かなにかが落とされたのではないか。
核爆弾のことを伝えることもできず。ラジオ局は一瞬で跡形もなくった。
その爆風が中城村まで届くまであと何秒あるだろうか。
私はなすすべもなくその場に身を小さくしてしゃがんだ。
ガラスからなるべく離れなきゃとか、
そもそも一瞬でふきとばされて死ぬんじゃないか、
とグルグル脳内妄想がフル回転。
しかし次の瞬間、何事もなかったかのように
ラジオが元に戻り、MCの軽快なトークが聞こえた。
私はゆっくりと立ち上がると仕事を再開した。


つまりなにが言いたいかというと、
『絶対にこうだ』ということはないのだ。


だから、
ラジオの突然の砂嵐は、
『オーディオ機器の故障』から『世界滅亡』まで、
私を妄想の旅に連れていく。


これ書いてて再認識したのだけど、
私が朝一番に外にでるのは、
『寝ている間に世界が終わっていないか』という
不安を払拭するための行為だった。
いつものように街があって空があって猫が歩いていれば、
晴れであろうが雨であろうが、
ほっと胸をなでおろす。
屍の街で。

朝の涼しい風を浴びながら、
生(せい)に感謝する。


2015年10月23日金曜日

理解と共感

2015.10.22(木)
『坂本美雨のディアフレンズ』にて高橋ジョージさん出演。
NHKドラマで「たどころ晋也」という一発屋のミュージシャン役を演じ、
同名でアルバムデビューし、そのPRらしい。

「たどころ晋也」は、
女房子供に逃げられた一発屋のミュージシャン、という役。
最初に依頼されたとき、
「こんな役、やるわけないだろ!(怒)」と思ったらしい。

高橋ジョージさんといえば、
最近(といってもちょっと前か?)離婚したことで世間を騒がせていた。
美雨さんからの「最近ラブなこと」に対しての質問に、
「娘に恋し続けている」と答えた高橋ジョージさん。
お腹にいるときに音波で女の子と知ったとき、
その日に脳内妄想で「娘の結婚式」まで済ませたとのこと。
悲しくて泣いたり、壁を殴ったりしたらしい。

そのあと、「男性に知っておいてほしいことが二つある」と話す。
女性とうまくいくためのは『理解と共感』が大切だという。

例えばウインドショッピングのときに、
女性が「これほしい〜」といったらそれは即『買いたい意志』ではない。
「いいね」と『理解』してほしいし、
「かわいいね」と『共感』してほしいのだ。
そうして、また次の店にいき共感を求める。
「手に入る結果」より「あれもいいしこれもいいよね」と一緒に選ぶ過程を楽しむ。


高橋ジョージは
「今頃になって気づいちゃたな〜もっと早く気づけばよかったなぁ」とお茶目に呟いた。
そして「でも、気づいただけでもよかった」といっていた。


メディアに向けて自分の失敗をサラッとさらけ出すジョージさんの言葉に、
哀愁と敬意を感じた。
いろいろあったんだろうんなぁ。
なんだかこの人のこと、前よりちょっと好きになった。



なんでもないようなことが

幸せだったと思う

なんでもない夜のこと

二度とは戻れない夜


2015年10月22日木曜日

バッグツーザ フィチャー

2015.10.21(WED)
店長と飲みに行くことになる。
西原の海鮮居酒屋で、ゆっくり飲みながら、
イカ焼きや刺身をつまむ。

店長は仕事の件でもやもやしていたが、
料理が美味しいのと、たくさん話せたことで、
落ち着ていった。
「美味しいもの食うって大切ですね」と共感した。

一方、わたしは店長に
「お前はもっともっと自分の魅力に気づくべきだ」と言われた。
「過程を省略しない」ことや、
「自分が持ってる魔法のランプに気づく」べきだとアドバイスいただいた。

母からメールが入った。


私が映画好きだから映画のニュースを見るたびに送ってきてくれる。
慣れない横文字を使っているメールは、なんだか切ない気持ちになった。

「正確に伝える」や「ベストなタイミング」も生きていく上で大切だけど、
本質的に一番大切なのは、
「気持ち(真心)」が大切だって、
このメールが教えてくれる。


母さんありがとう。
素晴らしいフィチャーのために今日もがんばります。